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12-Strings High 
「ベルが鳴るように余韻が残る」 by ロジャー・マッギン

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リーダーが津田沼まで寝過ごしながらも程よい酔い加減で
12弦ギターについて語ってくれましたので僕もそろそろ。

ジョージについては前フリの如く前の日記で触れていたので
詳しい話は割愛するとして、映画、アルバム
『ア・ハード・デイズ・ナイト』のおかげで
12弦ギターという物がビートルズや60年代周辺を愛する者の
重要アイテムの一つとなったのは今でも変わらないでしょう。

で、実際に現代における12弦ギターとはどんな扱いなんでしょう?
正直に申しますと、ギタリストだから12弦を必ず手にするかと言うと
そんな事は全く無いだろうと思います。特にエレキは。

比較的エフェクトという要素をかけづらいアコギですと、
音の厚みの要素として12弦ギターは選択肢の一つに入れる
方は多いと思うんですね。
但しエフェクトをアンプも含めた上で大なり小なり
かけるのが基本であるエレキ・ギターになると、
12弦と言うのは、「同じ」は出来なくとも「代用」
の利くエフェクツが多く、しかも比較的簡単に存在したりします。
代表例が「コーラス」というエフェクターでしょう。
コーラスをかけてクリーンな音で開放弦を
鳴らすととても綺麗に響きますね。

もう一つは鍵盤楽器のハープシコードでは無いでしょうか?
これも60年代を意識させる楽器で、キンクスの多用で有名です。
実際にビートルズだと「フィクシング・ア・ホール」等でその
サウンドを耳にする事が出来ますね。

よって現在の音楽において12弦のエレキ、特にリッケンバッカー辺りを
持ち出すのはある特定のジャンルに限られているような気もします。
ロジャー・マッギンこそ12弦が本当にトレードマークみたいな物
ですが、逆にジョージにとって表立ってビートルズで使用したのは
65年の「イフ・アイ・ニーデッド・サムワン」辺りが最後では
無いでしょうか?勿論後も隠し味的には使っている可能性は
ありますが、大々的にフューチャーされているのはこの曲が
ハイライトと言えるかと思います。
実はこの曲の使い方はアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』で
聴かれる使い方とは大きく違うと思うのですが、それは後ほど。

リッケンの12弦を使った著名ミュージシャンはジョージとバーズの
ロジャー・マッギンだけでは無いのですが、二人の12弦に対する
アプローチは少々違うと僕は思うのです。

先ず、ジョージですが、まだサウンドがシンプルで、スタジオ録音でも
ライブ演奏をする事が前提だった初期において、12弦は音の厚みを
提供する恰好のアイテムだったのではないでしょうか?
この頃はポールがベースを離れてピアノを弾くなんていう事も
ライブでは勿論無く、そう言った意味で12弦はまるで鍵盤楽器のように
音に潤いを与えてくれたアイテムだったのでは無いかと推測します。
また、普通にソロを弾いても独特の音色になるのでそういった意味でも
ジョージ、そしてビートル達にはサウンドの装飾として刺激的だったと
思うのです。結果として『ア・ハード・デイズ・ナイト』では12弦を
多用することになります。もう12弦のサウンドがこのアルバムの
代名詞となっていると言っても言い過ぎでは無いくらいです。
結果としてこのアルバムの半数程度で12弦ギターを持ち出しています。

川瀬タソも触れていましたが、これを見てバーズのロジャー・マッギン
は12弦を手にしたと言われています。但し後発な所もあってか
ロジャーの12弦に対するアプローチは少々違うような気がします。
ロジャーの場合は、12弦を開放弦、もしくはカポタストなどを
使用して「持続音」的に鳴らす事によって、12弦独特の音の残響を
多用していました。これがサイケな雰囲気にも直結していくような
気がするのですね。持続音のする弦楽器と言えば、シタールのような
インド楽器もサウンドこそ違えど、サイケ楽器の代名詞と言えます。
バーズ自体、主メロディがはっきりした楽曲がビートルズよりも
少ないので、そう言った使い方はより顕著なのかもしれません。

つまり鍵盤的な厚みを補強したかったビートルズと、
よりいっそう「もやのかかったような」サイケ感を出したかった
バーズにとって、双方の12弦に対して求めていた物は違うのかも
知れない、と言うのが僕の邪推な訳です。

事実ビートルズは次作『フォー・セール』以降12弦の割合は減り、
その代わりの要素として、ジョンの弾くオルガンやエレピアノ、
ポールの弾くピアノなどの使用率がどんどん高くなっていきます。
先述した「イフ・アイ・ニーデッド・サムワン」では久々に
12弦ギターが大きくフューチャーされますが、
実はこれこそがむしろバーズに対するジョージ及びビートルズの
アンサー・ソングと言えるのではないかと思うのです。
この曲ではカポで開放音の高くなった12弦ギターが
サイケに鳴り響きます。勿論キャッチーさやコーラスの分厚さは
ビートルズならではのものです。

最後に川瀬タソが言うように12弦でも特にリッケンのそれは特別です。
いや、もっと言えばリッケンそのものがビーヲタや60年代を
愛するものにとって特別です。僕は以前に620と言うビートルズ自体は
使わなかったモデルを所有していた事がありましたがずいぶん前に
処分してしまいました。僕は基本的にはギタリストでありながら
ポールのファンなので、本当は4001が昔からとっても欲しいのですが、
それでは中々ステージで使う事も出来ないし、弾かない楽器なのに
一番高い物になってしまうのでず~っと躊躇しているわけですね。
いつかは欲しいと思ってるのですが、僕のヲタレンでの役割を
考えると、素直に330や360辺りのギターを手にするのが一番
無難なのかもしれません。そんなことを勝手に妄想しながら僕の
12弦話はここら辺で。

蛇足ですが、ジョージは来日の時に12弦はリッケンのではなく、
フェンダーの12弦ギターを使っていました・・・。

太佑

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12 strings original 
murakami


「あのさ~ジージョーもジョンもうちのギター使ってるからこれも使ってもらって宣伝してもらわなぃ~??」

こんな会話がリッケンバッカー社内で交わされたかは定かではないですが、ある意味60年代サイケ文化の一つの側面を象徴する楽器の登場というのはこんな発想から生まれたかもしれないと思うとなんだか歴史っていとおしいものですね。

あ、どうも川瀬です。バンマスから提案があったリレーテーマをちょっと僕から始めさせていただきます。


やはり12弦ギターというと色々なメーカーから発売されているものの、やはりアイコンはリッケンバッカーとジョージだと僕は思っています。


12弦ギターの名手であるバーズのロジャー・マッギンも「A HARD DAYS NIGHT」を見てすぐさま楽器店に走ったといいますし、初期のプライマル・スクリームなんかも「あの時代」に対する憧憬をエコーいっぱいの12弦で表現していましたからねぃ。やはりあの独特のコーラスエフェクトがかかったかの様な浮遊感はそういったサイケデリアの音楽性を求める方々には大変重宝されるアイテムだった事は納得がいきます。

しかもリッケンの12弦はなんだか高音弦の配置が他の12弦楽器と違うということもあってか他の12弦ギターとは違った響きが感じられて、「もうあんたじゃなきゃイヤ!!」という中毒患者をビートルズやバーズとのタッグで増やしたのは間違いないと思います。


個人的に最近色々な方とリッケンの話をする機会があり、リッケンバッカー社製品を考える事が多いのですが、まだ私はリッケンバッカー製品を所有したことがないので、初めての人が誰になるのかを楽しみにしながらこれまでの人生を生きてきたようなところがあります。

今まで325、4001、360/12、など色々妄想の中で付き合うことを考えたのですが、いまだ良い縁がありません。ちなみに今の気分はこの日記のように360/12でございます。

心優しき仲人の方、お代はいらないからこの子を貰ってやってくれなどの紹介お待ちしております(笑)

Run So Far 
「来日とアンソロジー」

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太佑です。引き続きジョージのお話です。
関係ないですがうちのコリンゴちゃんに
「ダイちゃんも”こむばんわ、太佑ダスよ”とか言ってみれば?」
と勧められたのですがそれはリーダーとコリンゴちゃんに
おまかせします(笑)

「ジョージが91年末に来日する」という情報が発表された時は
結構驚いた記憶があります。勿論クラプトンと彼のバンドを
引き連れてと言うのにもそれなりに驚きましたが、それ以上に
ジョージが来日するという事自体にびっくりした記憶があります。

と言うのも、ジョージはこの時点で特に新作も発表していない上、
ソロ活動になってからと言うもの、74~5年辺りに行われた全米ツアーを
除いてはほとんどと言って良いほどライブを行っていなかった
からです。勿論僕はこの事をリアルタイムで知ったわけでは
無いのですが、既にビーヲタな少年でしたので、ジョージが70年代の
全米ツアーを除いてツアーを行っていない事、そしてその全米ツアー
が余り上手く行かなかったと言う事は情報として頭に入っていました。

ポールも89~90年のツアーはウイングス公演で日本で逮捕という
とんでもない結末で終わった80年以来だったのは知ってましたが、
そもそもポールはウイングスで70年代は散々世界を飛び回って
いた訳ですし、90年のツアーだって日本限定とかではなく、
れっきとしたワールドツアーだったわけです。
彼はビートルの中で唯一ライブが「トラウマ」にならなかった
「キャーキャー騒がれるの大好き」な人だったので。。。

それがジョージは日本だけの特別公演だわ、クラプトンも
付いてくるわ、ライブをメインで行うのが10何年ぶりだわで
ビーヲタ少年の僕もたまげたわけですね。

実際の公演は思った以上にビートルズやソロのヒット・ナンバーを
多く含み、それなりに楽しいものでした。ただし、やはり
「ライブが主戦場」であるクラプトンとのパフォーマンスの差は
贔屓目に見ても大きく感じ、真ん中にたった4曲だけあった
クラプトンのナンバーを披露したコーナーが正直に言って
今でも印象に残っています。あと、面白かったのはジョージが
「ピッギーズ」を歌ってた後半に「All Together Now♪」と言って
皆に歌うように煽っていたのですが、それはさすがにビーヲタと
化していた少年でも「それを皆で歌うのは無理だろ~」と
思って聴いていたのを思い出します(笑)。

それでも来日してくれたジョージには本当に感謝で一杯でした。
だってビートルズには決して間に合わなかった僕が2年連続で
ポールとジョージを立て続けに観れるなんて夢にも思いませんでした。
ジョージもライブをやり始めたし、これでまたツアーやアルバムで
元気な姿を見せてくれるんじゃないかしら?と僕は喜んでいました。

しかし、これが本当に最後のライブツアーとなるとは。



この後、『アンソロジー』の一連の新曲や映像で元気なところは
目にしていたものの、特に新作発表やツアーなどは行われないまま
彼は旅立ってしまいました。
後に生前のマテリアルをまとめた『ブレインウォッシュド』こそ
発売されましたが、出来れば生前に彼の手による作品というものが
聴いてみたかったです。

決して彼の全てを追いかけるようなファンではないし、
むしろ彼をきっかけにクラプトンのようなわかりやすいギタリストに
ギター少年として傾倒していった僕ではあるのですが、
彼が映画『ヘルプ!』で見せるあどけない笑顔や、
中期~後期の名曲たち、名作『オール・シングス~』、
そして本当に貴重なものになった「フリー・アズ・ア・バード」
「リアル・ラブ」での共演は永遠のものです。

さて、そろそろ以前に書いていたリレー・テーマ
「ビートルズと12弦ギター」について皆でリレーしてみようと
思います。少し解釈を大きくして、
「ビートルズと12弦と60年代」というテーマで
進めてみましょうかね。それでは。

おまけにジョージ追悼コンサートにおける、ポールとクラプトン共演
による秀逸な「サムシング」の映像を。
ポールが近年のツアーでお馴染みなウクレレでスタートして、
途中からいきなりオリジナル・ヴァージョンに入る瞬間は何度
聴いてもカタルシスがあります。そしてクラプトンの渋い歌に交代。
「ビーヲタ」ジェフ・リンやポールとのコーラスなど痺れます。
実はポールがウクレレで弾いてる時にさりげなく皆がアドリブで
演奏するのですが、これがかなりおいしいです。
ここら辺の適当なアドリブでも格が違うのは
さすがジョージを慕ったスーパースター達ですね。


All Those Years Ago 
「彼が旅立ってから少し時間が過ぎました」

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こんにちは、太佑です。
うちのリーダーがジョン・レノンについて素敵な
日記を上げていたので僕はジョージについて
改めて語ってみたいなぁと思います。

僕がリーダーと知り合ったのは23歳頃だったでしょうか?
その時はまだ若く、お互い音楽活動を必死でやっている頃でして、
バンドも違うバンドに所属していました。
ただし、僕がいたバンドのドラマー君が掛け持ちで川瀬タソの
いたバンドにも加入していたので、彼がお互い6~70年代の
音楽にうるさい僕らを引き合わせてくれたのです。

それから程なくして、川瀬タソがこちらのバンドに加わって、
そしてしばらくして、他の皆さんがお辞めになったので
二人で活動することとなりました(笑)。恐らく理由は
スタジオのウォームアップ中でも「ワン・アフター909」を
やった後に「オ~ダニーボーイ♪」などと訳のわからない
屋上コンサートの再現を二人でやっている事にビーヲタでない
他の二人から嫌気を差されたためと思われます。

その頃、お互いにビーヲタ話を延々していたり、お互いのレアな
CDや書籍などを貸しあったりしてリーダーとの親交を深めたのですが、
確かに当時僕は既に自他とも認めるポール・ファンで、リーダーは
ジョン・レノン・ファンだったと記憶しております。
だってリーダーはジョン使用で有名なエピフォン・カジノの
「ラッカーフィニッシュ&Gibson USA P-90ピックアップ付き」
限定版モデルを所有していた訳ですから。

そんな彼にしつこく「愛しのヘレン(Helen Wheels)」のような駄曲(笑)
を聴かせ続けたのは誰あろう僕ではないかと思います。

でも僕も始まりはやっぱりジョンでした。
ジョンのビートルズ中期の曲は今でも語り継がれるような名曲が
多いですよね。「Strawberry Fields~」「I Am The Walrus」
「All You Need Is Love」「A Day In The Life」etc...
中期は曲数こそ多くは無いのですが歴史的にも重要な曲をジョンは
多く残していますね。

とどのつまり、「ビートルズ」と言う物の虜になってしまった場合、
その8割を占める「レノン・マッカートニー」作品のファンになる
と言うことですから、僕が「ポール・ファン」と言ってもジョンを
否定しているわけでも何でもなく、二人の作品が交互に並ぶ
絶妙のバランスこそビートルズの醍醐味なわけですね。
事実、このバランスを失ったジョンとポールの各ソロに一番
足りないものとは、楽曲のレベル云々よりも、ビートルズのせいで
何だか一方に偏りすぎて聴こえるような気がするのです。
正直ポールヲタの僕でもポールだけだと一本調子だなと思うことは
ウイングス、ソロを聴いていて多々思うところではあります。

大分前置きが長いのはいつもの通りですが、ジョージです。
僕はジョージについては決して作品の全てを知っているとは
言えません。勿論名作『オール・シングス・マスト・パス』は
聴いていますが、このアルバムはビートルマニアだけのものでは無く、
「70年代のロック名作の一つ」として僕も評価している気がします。
つまりポールの『バック・トゥ・ジ・エッグ』のようなマニアが
好むような物とは違うと言うわけですね(笑)。
だから音楽好きとして当然聴いているという感覚でしょうか?
ジョージ云々はそれほど関係なかったりもします。
他にも隠れ名曲的な「Love Comes To Everyone」やビートルズ時代に
ボツになっていた曲の再録である「Not Gulty」が入った
『慈愛の輝き』などは多少は記憶にあるものの、それ位でしょうか?

後はちょうど「ビーヲタ少年」になっていた自分にとってリアルタイム
だった『クラウド9』はそれなりに聴いていたような気がします。
ちょうど「セット・オン・ユー」も大ヒットした時期でしたので。
(リーダーが苦手な曲です)

ただし自分の中でのインパクトと言うとやはり同時期に発表された
ポールの『フラワーズ・イン・ザ・ダート』でしょうか?
ここではあろうことかエルヴィス・コステロにジョン役をやらせる
という反則技に出られるは、「マイ・ブレイブ・フェイス」
「ディス・ワン」が極上ポップだわで、すっかり参っていた
ところで、程なくして忘れもしないあの来日公演があったわけで、
僕はこれをきっかけにポールに傾倒していく事に
なるのでどうしてもジョージへの想いとなると少し薄らいでしまう
所はあるのです。

90年初頭にポールが来日してから約2年、遂にジョージも来日を
果たします。しかもエリック・クラプトンとですよ。
僕は正直言うと、半分はクラプトン見たさというある意味
不純な動機でこの来日公演に向かいます。
高校生になって、僕もいよいよギター少年になりつつ
あった頃でした。それが後にとても貴重な公演になろうとは・・・。

長くなったので続きはまた次回に。

DEAR JOHN 
johnさん



どうもこむばんわ。川瀬ダス。

突然ですが、我がバンドのカテゴリーに「JOHN LENNON」とあるのに何一つ書かれてないのに気づいた上、相方のバンマスの日記に「CLEANUP TIME 」が取り上げられた今、これはジョンカジノを売り払った僕もジョンについて改めて考えてみたいなぁと思いブログに書かせていただきます。


もとはと言えば相方のダイスケさんにポールの素晴らしさを再確認させてもらうまでは僕はジョンレノン教団の一員でした(笑)

やはりジョンのトッポイ魅力と言うのは軟弱な僕には憧れであり、時折垣間見せるフェミニンな横顔は僕にとってはたまらなく魅力的なのです。もしジョンがマッチョ一辺倒の人間だったら僕はこんなに大好きにならなかったと思います。ジョージ・マーティンが「A DAY IN THE LIFE」のファーストテイクの仮歌を聴いてニコニコしているのを見た時何故か嬉しかったです。あんなに優しく歌っているのはたまらないですな。マーティンさん。僕は部外者ですが(笑)

そして僕がジョンを聴くときにとても感じるのが声のステキさです。ソングライターとしても比類なきポジションの人ですが、どんな曲でもジョンが歌ってるとそれだけでもう満足なんですよね。僕は。もうなんていうかこれは努力して身につけられる類のものではないですな。ロックンロールを歌ったときの圧倒的な存在感というのは絶対的にポールも憧れていたと思います。ポールのシャウトも同じぐらい一級品ですけど。

なので、自分がジョンの曲を歌うということに歳をとるごとにハードルの高さを感じるようになっていますが、自分なりにジョンに対する感謝の気持ちをいつか表現できたらいいな~と思ってます。

ライブが終わって3・・・ 
わんばんこ!皆様に愛と座布団と幸せをお届けする・・あ、違った。川瀬です。

僕だけライブ後のブログを書いてなかったのに気づき、一週間経った今更ですが(笑)書かせていただきます。

まずはライブに足を運んで頂いた皆様、演奏を聴いて頂いた皆様
、ライブハウスの皆様。重ね重ねありがとうございます。おかげさまで出来はさておきとても楽しく演奏できました。

久々のライブという事で、バンマス曰くかなり僕はバビっていたらしいですが、バンマスと以前に出た時のビートルズ大会の雪辱は少し晴らせたような気がします。

そしてライブでバビったその後にビールをバビバビ飲んで勢いがついてしまい、その後の連休も不摂生に飲み続け鼻水がバビバビ止まらない季節外れな風邪を引いて現在に至っています・・・とほほ。

あんまり調子に乗るなという事ですね。忘れてましたが、酔っ払ってうっとーしかった僕を構って下さった方たちにもお礼を言いたいと思います。

こないだはゆっくり挨拶も出来なかった方々もいらっしゃったので、次回ライブ時は皆さん僕とお酒を飲みながら楽しい時間を過ごしませんか?・・・・・・ははは。

IMGP1309.jpg

ライブが終わって2・・・ 
ど~も~。リズムキープが苦手なドラマー、アイコ☆リンゴです。
え?いつそんなネーミングになったかって?
今です。何となくドラマーには☆を付けなきゃかなーとか思って、あと、アイコ☆スターにしようかなぁ?とも思ったのですが、スターというと無条件に“にしきのあきら”を思い出してしまいかねないのでリンゴにしてみました。

それとも、アイ☆コリンゴの方がいいかな?
イイトモ~!1人イイトモ完成~!

それよか、ライブに来て下さった皆様、本当にありがとうございました!
アンコールまでして下さって、感謝感激でございます。

しかし、後でライブで録音した音源を聴きましたが、
何ともスットコドッコイなドラミングで参ったダスなぁ~。
私は自称「リヴォン・ヘルムを目指す、リンゴスター」だと言ってきたのですが、この場をお借りして謝ります。
風説の流布です。(←古)

セッション大会で突如参加した“テツさん”が、私のとても叩き辛いであろう狭~いセッティングで、颯爽と叩ききって去って行ったのを見て、
私なんて、“ホリ○モン以下だわ!”じゃなくて“アリンコ”以下だわ!と若干凹みました。

他にも凹む事件がいくつかありますた。

1.リハで『NO WORDS』の入りがうまくいかず、
  だいちゃんにシメられ、((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル。

2.リハ後、フレッシ○ネスバーガーで本番前にトイレに行っておこうと思い入ったはいいが、
  水が全く流れず、最初は手で水を汲んでタンクに貯めようとするがいわずもがな
  徒労に終わる。
  何とかこの危機を脱出せねばと思い、バケツを探すが見あたらない。
  仕方なく、所謂“汚物入れ”に水をため、タンクに数回流し込み、何とか事なきを得るが、
  汗だくアワワ ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワ

3.本番の急なMCにしゃべる事が思いつかず、昔ヤ○キーだったんじゃぁないかという疑いを
  掛けられそうなことをしゃべってしまう。(;゚д゚)ァ.... [ '_ゝ']

4.曲の終了の合図を、前の二人任せにしていたばっかりに、
  川瀬タソの振り向きを終了の合図と間違え、フライング終了してしまう。(・ー・)オワッタナ・・・

5.だいちゃんに、私のネ申画像をUPされる〔†〕 m(゚□゚*)…メッチャ二重あごやん!

というわけで、ニントモカントモ、ニンニン♪なアイ☆コリンゴですが、色んな辱めにもめげずに頑張って行こうと思っております。
旧約聖書には「選ばれた者こそが試練を受ける」という言葉があるとかないとか。
そんな言葉を胸に、前向きに頑張って行こうと思うので、今後ともヲタレンをよろしくお願いいたします。
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☆コリンゴ

ライブが終わって・・・ 
先にも書きましたが、取り敢えず無事にライブも終わりました。
応援してくれた、もしくは来場していただいた皆様には
重ねて御礼を申し上げます。

僕と川瀬リーダーにとってビートルズ・カバーのライブは
3年ぶりの事で、実際のライブ自体もちょうど1年前の5月に
同じ大塚のWelcomebackでやらさせていただいたのですが、
個人的にはそんな「ステージ慣れ」していないブランクが
もろに出てしまったかな?というのが率直な感想です。

もっといいますと、こうやってエレキギターを立って弾くのが
とても久しぶりのことでした。それは何故かと言いますと、
川瀬君とのユニットは二人組ですのでライブではいつも椅子に
座ってアコギを奏でていることが常だったからです。
なので足がつりそうになりました(笑)。

一応今回のコンセプトとしましては、今までのようにやれアコギだの
ピアノだのは余り持ち出さず、スピード感を持って次々曲を披露して
行ける様心掛けました。自分たちのレパートリーが中期からソロに
多く集中してるので限られた時間ではやれる曲数に限りがあるので
その点は今回は特に注意してやったつもりです。

ヲタレンの今後としましては、『Welcomeback』の店長さんである
高橋さん(受付でビートルズのトレーナーとSGTのキャップを被っていた方です)
もビートルズ及びポールの大ファンで、今後も「ビートルズ大会」は
定期的に開くようですし、完全にファンク・アレンジでやってしまった
「ザ・ワード」を評価してくださったようで、後2回に迫っている第40回
大会に呼んでくださるようですので(覚えていてくれるでしょうか・・?)
今後もしっかりと練習して精進させていただきたいと思います。

他にもビートルズと同時代の60年代バンドを取り上げたりとか、
モッズ的な企画もやってみたいなぁと思っています。
出来れば秋ごろにはまたライブがやりたいです。


最後に前回紹介し切れなかった写真をアップします。

070503live011

リーダーの写真です。照明といい感じで重なってるので載せてみました。
因みに彼のベースはヤマハのBBのオールド物ですね。ポールが
ウイングス末期から80年代中頃まで使ったベースと近いモデルです。
有名なところでは「カンボジア救済難民コンサート」などでBBを持つ
ポールの姿を見ることが出来ます。


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僕はマイクに隠れてますがギターの木目が綺麗に写っているのでお気に入りです。
この335はもう10年くらい愛用している大事な子です。
とてもウォームな音がするので3ピースでは手放せないです。


070503live010

最後の写真は前に写っている僕ではなく、うちの紅一点、アイちゃんに
注目してみてください。この表情と変な角度は神です。
恐らくは時間が無くてアンコールが出来なかった時に「ズコッ」って
なってしまったのでしょうが、それにしたって見事な角度でジャンプ
している上に、面白い表情で写っていますよね。

え、わかりづらい?じゃあアップにしてみましょう。

070503live008

う~ん・・・ブレが生んだ神画像としか言いようがありませんね。

やはりこのライブのMVPは間違いなくアイちゃんですね。

こんなのばかり載せているとうちの看板娘に怒られそうなので
ナイスな笑顔のショットも上げておきます。

070503live012

ドラムというポジションの特性上中々全身が写らないのですが、
この日のアイちゃんはUKモッズの老舗ブランド、フレッド・ペリーの
ポロ・ワンピースを着ていました。このワンピ、黒にピンクの水玉と
言うシックな中にアクセントの映える中々に可愛い一品で、
'60sライクな「モッド・ガール」感を演出していました。

因みに僕とリーダーが着ていた色違いでおそろいのジャケットも
フレッド・ペリーの物です。つまり、今回は全員フレッド・ペリーで
ひっそりと「お揃い」にしていたのですね。
川瀬クンはモッドには定番カラーのグレー、僕は別名
「東京メトロ色」とも勝手に言ってるグリーンでした。

ファッションには皆こだわりを持っているバンドですので、今後も
ライブの度にコンセプトを考えて皆で着る服を決めようかななんて
思っています。

それではこの辺で。

太佑

Live At Welcomeback 03.05.2007 
「大塚ウエルカムバック・第38回ビートルズ大会」
昨日はご来場していただいた皆様本当に有難うございました。
おかげさまで無事にヲタレンの初ライブを終えることが出来ました。
詳細は後日に譲りますが、取り敢えず御礼とライブの写真を
上げさせていただきます。
またビートルズ、及び他企画も今後進行予定ですので
是非ぜひ今後もよろしくお願いいたします。

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写真を撮ってくれた麻里絵ちゃん、有難うございました。

-SET LIST-

1.Cry Baby Cry
2.Drive My Car
3.No Words [Wings]
4.The Word
5.This One [Paul Solo]
6.Dear Prudence
7.I'll Get You

因みに幻となったアンコールに予定していたのは
これもポールのソロ曲なのですが、「Waterfalls」の
パワーポップ・アレンジ・バージョンでした。
いつか機会をみてこれも是非やりたいです。

太佑

ライブ告知★完全版! 
えっと、連絡がうまいことつかない人とかもいるので、
ライブ告知★完全版!を載せさせていただきます!

■DATE: 5/3 
■OPEN: 18:00~
■START:18:30~
18:30~(よっちゃん)
19:00~(WATER LANE WEST)
19:30~(ゲストバンド)
20:00~(セッション大会!?)
■場所:大塚 ウェルカムバック
 http://www.welcomeback.jp/

です♪
よろしく頼むだすよぉ~
父さんはJASRACがお好き 
こんちわ。若作りアイコ★です。
リレーのアンカーということで、だいちゃんや川瀬タソのようなヲタ話はできないのですが、どうぞよろしくお願いします。

ワタクシの場合は、残念ながら2人のように家庭での音楽英才教育は全く受けられませんでした。多分両親とも、ビートルズのメンバーはジョンレノンだけしか知らないんじゃないかと思います。

兄は音楽を仕事にしているような人なのですが、さしあたって兄に音楽的影響を受けた記憶もありません…。強いて言えば、父が兄の誕生日か何かに買ってあげていた、みんなの友達JASRACのシールが貼ってある謎のビートルズBOXセット(テープです。もちろんアルバムの順番とか、年代とか完全無視のやつだと思います。)がうちにあったくらいでしょうか。

う~む。ではでは、あたいとビートルズとの出会いは一体?…もくもくもく~(回想中)

曲と照らし合わせてみると、中学校なのかな?のクラスの男の子にマイベスト?ヒズベスト?的なカセットテープをもらって聴いたのが、私のビートルズ初体験だったように思います。
ビー・バップ全盛期に良くありがち?な就職率のとっても高い中学校に通っていただけあって、たぶんその子もそんな感じの子だったと思うんですが、よく覚えてません。。。

しかしそれが、とても謎なセレクトがしてあるテープだったことは覚えています。全部は覚えてないけど、バービーボーイズ?の「目を閉じておいでよ」に米米倶楽部の「シュールダンス」あと伝説のバンド、BOØWYさんの「MARIONETTE」も入ってたような気がする…(汗)。
そこに何故か、ビートルズの「money」「Mr.Moonlight」あとは「Twist and Shout」が入ってました。そういや全部カバーだすね。

あいつあたいのこと好きなんじゃぁねぇ~のぉ~?とか思いつつ、今まで聴いたことのない懐かしいような新しいような、そんなビートルズサウンドに気を取られ、どんな子がくれたかさっぱり思い出せないのですが、
「Twist and Shout」のカモーカモーカモーカモーベイベーナー♪とか「money」イントロののしゃがれ声とかバカみたいにトイレとかでも歌ってて、お母さんに「あんたうっさいわ!いい加減にしいや!」と怒られた覚えはしっかりあります。

しかし時はまさにバンドブーム。私もそれに乗っかりまくったくちです。
今では私の中で封印されている決して口に出せないようなバンド(しかもコピー)の追っかけをして、グルーピーなどと呼ばれいたり、(そこのアナタ!今イケナイこといろいろと想像したでしょ!!いたって私はそんな尻軽女ではありませんわよ!)当時ド田舎のライブハウスに通っている中学生なんていなかったもんだから高校生のおねぇさま方にトイレに連れていかれ、根性の証を付けられそうになったことさえありました。まぁドラムをはじめたきっかけは、リンゴのドラムに憧れたからでもなんでもなく、その痛いコピバンのドラマーがイケメンだったからという不純な動機だけです。

高校時代はブラスバンドに入り、コンクールの練習はさぼり、部長ににらまれながら、その頃はフィンガー5や、チューリップなんかを一人で聴き、練習してました。(これも家にあったJASRAC製だと思う。うちの父はJASRACやDeAGOSTINI製が好きなのです。)
そして、財津さんは日本のビートルズを目指していただとか、ゴダイゴはビートルマニアだとかで、ビートルズをちゃんと聴かねば!と思い兄が父親から買ってもらった、例のJASRACシール付BOXセットをよく聴いていました。
ちゃんとアルバムを買いそろえたのは、大学に入ってからです。(だってド田舎にはレコ屋も近くにないんだもの…)
なので、私はどのアルバムにどの曲が入っているかとかきちんと覚えておらず、未だにリボルバーとラバーソウルを間違えちゃったりするんですが、とにかく初めて「Tomorrow Never Knows」を聴いた時は、何だか怖くて、ちびりそうでした。ビートルズで一番衝撃を受けた曲です。

「Twist and Shout」や「money」は、なんだかんだ言ってオールディーズ感覚で聴いていたのだけれど、「Tomorrow Never Knows」を聴いた時には、それこそ未知の領域の音楽を聴いたような気がして、数日もやもやした気持ちでいたように思います。



そんなこんなで(どんなやねん!)、今、この大都会、コンクリートジャングル、東京砂漠で、私の腕に見合わないようなお二人とステキなビートルズカバーバンドをやってます★

個人的には、5~6年ぶりのライブで、腕もなまりきっていますが、2人の足をひっぱらないよ~にがんばりま~す♪

ryoandaiko001


アイコ★

Ever Present Past 
「スターバックスより宅録エレポップでマッカをどうぞ」


うちのリーダーから教えてもらったのですが、ポールは6月にスターバックス・レーベルからニュー・アルバムをリリースします。このアルバムはスターバックス・コーヒーショップの店頭にて販売されるようです。(日本ではユニバーサルより6月発売決定!)



 このアルバム、どうやら いい加減 宅録感覚溢れるシリーズで有名な『マッカートニー』『マッカートニーⅡ』に通じる作品となるだろうとの噂でしたが、非常に期待を持てるアルバムになりそうです。

 「どうしてそんな事がいえる?」と言いますと、これも川瀬クンに教えてもらったのですが、既に新作の中の一曲が丸々WEBで視聴出来るのです。その曲の名前が「Ever Present Past」と言います。

http://www.maccaspan.com/epp.html
(テープみたいなイメージの再生ボタンで聴けます。最近重めみたい)

 これ、非常に素敵なポップソングです。確かに自宅録音的チープなエレクトリカル感は『マッカートニーⅡ』辺りに通じるところもありますが、曲自体は上記アルバムよりも練られている感じです。コードに捻りがあるのですが、それもまた良い感じです。うちの川瀬タソとアイちゃんは異口同音に「XTCっぽいよね」と言ってましたがそれも納得。チープなエレポップ感がまた現代的と言うか若々しく感じます。

 近年、ポールの作品は、枯れた味わいの作品が増えてきています(『フレイミング・パイ』や『ケイオス・アンド・クリエイション~』など)。それはそれで聴き込むほど味わい深かったりして悪くないのですが、こんなキラキラ感のあるポールの作品も久しぶりなのでとても楽しみです。

 私生活でも90年以降は山あり谷ありで、要約すると
『フレイミング・パイ』⇒リンダの危機でやや黄昏
『ドライビング・レイン』⇒リンダとの別れ9割、再婚1割でヤケクソ
『混乱と創造』⇒離婚問題の最中で創作でやや暗い
という感じでしたが、こと音楽活動に関して言えば、2000年以降はツアーも定期的に行っていますし(日本にまた来てほしいなぁ)、前作とインターバルがこれほど短いのも久々なので、ポールには是非に頑張って欲しいものです。

もう「ビートル」はポールとリンゴしか残っていません。ポールにはジョンやジョージの分まで長生きしてくれますように。

次回リレー・テーマは「12弦ギターとビートルズ」の予定です。

アイちゃんの「ビートルズの邂逅」が上がるまでの繋ぎブログでした。
間もなくライブです。どうぞ皆様よろしくお願いいたします。

太佑


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