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鈴木茂 
どうも。役に立たない広報担当兼ブログも病めてしまった為替です。

最近のヲタレンブログの活性化に乗じて僕も久しぶりに書いてみます。

「元はっぴいえんど逮捕」と言われても昔の漫才師のタイーホにしか一般には受け止められない現在ですが、何故か僕はこの件を聞いてジョージの曲を久しぶりに聴いています。

なんだか茂さんってジョージにかぶるんです。僕の中で勝手に。

「Don't Let Me Wait Too Long」が今ヒットです。この曲いいなと思う度にBB5の「You're So Good to Me」も思い出して、あれ?こっちの方が良い?と思う事も度々です(笑)

でもジョージのファルセットやスペクター風味のアレンジも含めなんだか春っぽいんです。

この曲好きでそんな曲作った昔を思い出してます。寒いけどもう春のにおいがしますしね。






茂さん


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Run So Far 
「来日とアンソロジー」

george69.jpg

太佑です。引き続きジョージのお話です。
関係ないですがうちのコリンゴちゃんに
「ダイちゃんも”こむばんわ、太佑ダスよ”とか言ってみれば?」
と勧められたのですがそれはリーダーとコリンゴちゃんに
おまかせします(笑)

「ジョージが91年末に来日する」という情報が発表された時は
結構驚いた記憶があります。勿論クラプトンと彼のバンドを
引き連れてと言うのにもそれなりに驚きましたが、それ以上に
ジョージが来日するという事自体にびっくりした記憶があります。

と言うのも、ジョージはこの時点で特に新作も発表していない上、
ソロ活動になってからと言うもの、74~5年辺りに行われた全米ツアーを
除いてはほとんどと言って良いほどライブを行っていなかった
からです。勿論僕はこの事をリアルタイムで知ったわけでは
無いのですが、既にビーヲタな少年でしたので、ジョージが70年代の
全米ツアーを除いてツアーを行っていない事、そしてその全米ツアー
が余り上手く行かなかったと言う事は情報として頭に入っていました。

ポールも89~90年のツアーはウイングス公演で日本で逮捕という
とんでもない結末で終わった80年以来だったのは知ってましたが、
そもそもポールはウイングスで70年代は散々世界を飛び回って
いた訳ですし、90年のツアーだって日本限定とかではなく、
れっきとしたワールドツアーだったわけです。
彼はビートルの中で唯一ライブが「トラウマ」にならなかった
「キャーキャー騒がれるの大好き」な人だったので。。。

それがジョージは日本だけの特別公演だわ、クラプトンも
付いてくるわ、ライブをメインで行うのが10何年ぶりだわで
ビーヲタ少年の僕もたまげたわけですね。

実際の公演は思った以上にビートルズやソロのヒット・ナンバーを
多く含み、それなりに楽しいものでした。ただし、やはり
「ライブが主戦場」であるクラプトンとのパフォーマンスの差は
贔屓目に見ても大きく感じ、真ん中にたった4曲だけあった
クラプトンのナンバーを披露したコーナーが正直に言って
今でも印象に残っています。あと、面白かったのはジョージが
「ピッギーズ」を歌ってた後半に「All Together Now♪」と言って
皆に歌うように煽っていたのですが、それはさすがにビーヲタと
化していた少年でも「それを皆で歌うのは無理だろ~」と
思って聴いていたのを思い出します(笑)。

それでも来日してくれたジョージには本当に感謝で一杯でした。
だってビートルズには決して間に合わなかった僕が2年連続で
ポールとジョージを立て続けに観れるなんて夢にも思いませんでした。
ジョージもライブをやり始めたし、これでまたツアーやアルバムで
元気な姿を見せてくれるんじゃないかしら?と僕は喜んでいました。

しかし、これが本当に最後のライブツアーとなるとは。



この後、『アンソロジー』の一連の新曲や映像で元気なところは
目にしていたものの、特に新作発表やツアーなどは行われないまま
彼は旅立ってしまいました。
後に生前のマテリアルをまとめた『ブレインウォッシュド』こそ
発売されましたが、出来れば生前に彼の手による作品というものが
聴いてみたかったです。

決して彼の全てを追いかけるようなファンではないし、
むしろ彼をきっかけにクラプトンのようなわかりやすいギタリストに
ギター少年として傾倒していった僕ではあるのですが、
彼が映画『ヘルプ!』で見せるあどけない笑顔や、
中期~後期の名曲たち、名作『オール・シングス~』、
そして本当に貴重なものになった「フリー・アズ・ア・バード」
「リアル・ラブ」での共演は永遠のものです。

さて、そろそろ以前に書いていたリレー・テーマ
「ビートルズと12弦ギター」について皆でリレーしてみようと
思います。少し解釈を大きくして、
「ビートルズと12弦と60年代」というテーマで
進めてみましょうかね。それでは。

おまけにジョージ追悼コンサートにおける、ポールとクラプトン共演
による秀逸な「サムシング」の映像を。
ポールが近年のツアーでお馴染みなウクレレでスタートして、
途中からいきなりオリジナル・ヴァージョンに入る瞬間は何度
聴いてもカタルシスがあります。そしてクラプトンの渋い歌に交代。
「ビーヲタ」ジェフ・リンやポールとのコーラスなど痺れます。
実はポールがウクレレで弾いてる時にさりげなく皆がアドリブで
演奏するのですが、これがかなりおいしいです。
ここら辺の適当なアドリブでも格が違うのは
さすがジョージを慕ったスーパースター達ですね。


All Those Years Ago 
「彼が旅立ってから少し時間が過ぎました」

george001


こんにちは、太佑です。
うちのリーダーがジョン・レノンについて素敵な
日記を上げていたので僕はジョージについて
改めて語ってみたいなぁと思います。

僕がリーダーと知り合ったのは23歳頃だったでしょうか?
その時はまだ若く、お互い音楽活動を必死でやっている頃でして、
バンドも違うバンドに所属していました。
ただし、僕がいたバンドのドラマー君が掛け持ちで川瀬タソの
いたバンドにも加入していたので、彼がお互い6~70年代の
音楽にうるさい僕らを引き合わせてくれたのです。

それから程なくして、川瀬タソがこちらのバンドに加わって、
そしてしばらくして、他の皆さんがお辞めになったので
二人で活動することとなりました(笑)。恐らく理由は
スタジオのウォームアップ中でも「ワン・アフター909」を
やった後に「オ~ダニーボーイ♪」などと訳のわからない
屋上コンサートの再現を二人でやっている事にビーヲタでない
他の二人から嫌気を差されたためと思われます。

その頃、お互いにビーヲタ話を延々していたり、お互いのレアな
CDや書籍などを貸しあったりしてリーダーとの親交を深めたのですが、
確かに当時僕は既に自他とも認めるポール・ファンで、リーダーは
ジョン・レノン・ファンだったと記憶しております。
だってリーダーはジョン使用で有名なエピフォン・カジノの
「ラッカーフィニッシュ&Gibson USA P-90ピックアップ付き」
限定版モデルを所有していた訳ですから。

そんな彼にしつこく「愛しのヘレン(Helen Wheels)」のような駄曲(笑)
を聴かせ続けたのは誰あろう僕ではないかと思います。

でも僕も始まりはやっぱりジョンでした。
ジョンのビートルズ中期の曲は今でも語り継がれるような名曲が
多いですよね。「Strawberry Fields~」「I Am The Walrus」
「All You Need Is Love」「A Day In The Life」etc...
中期は曲数こそ多くは無いのですが歴史的にも重要な曲をジョンは
多く残していますね。

とどのつまり、「ビートルズ」と言う物の虜になってしまった場合、
その8割を占める「レノン・マッカートニー」作品のファンになる
と言うことですから、僕が「ポール・ファン」と言ってもジョンを
否定しているわけでも何でもなく、二人の作品が交互に並ぶ
絶妙のバランスこそビートルズの醍醐味なわけですね。
事実、このバランスを失ったジョンとポールの各ソロに一番
足りないものとは、楽曲のレベル云々よりも、ビートルズのせいで
何だか一方に偏りすぎて聴こえるような気がするのです。
正直ポールヲタの僕でもポールだけだと一本調子だなと思うことは
ウイングス、ソロを聴いていて多々思うところではあります。

大分前置きが長いのはいつもの通りですが、ジョージです。
僕はジョージについては決して作品の全てを知っているとは
言えません。勿論名作『オール・シングス・マスト・パス』は
聴いていますが、このアルバムはビートルマニアだけのものでは無く、
「70年代のロック名作の一つ」として僕も評価している気がします。
つまりポールの『バック・トゥ・ジ・エッグ』のようなマニアが
好むような物とは違うと言うわけですね(笑)。
だから音楽好きとして当然聴いているという感覚でしょうか?
ジョージ云々はそれほど関係なかったりもします。
他にも隠れ名曲的な「Love Comes To Everyone」やビートルズ時代に
ボツになっていた曲の再録である「Not Gulty」が入った
『慈愛の輝き』などは多少は記憶にあるものの、それ位でしょうか?

後はちょうど「ビーヲタ少年」になっていた自分にとってリアルタイム
だった『クラウド9』はそれなりに聴いていたような気がします。
ちょうど「セット・オン・ユー」も大ヒットした時期でしたので。
(リーダーが苦手な曲です)

ただし自分の中でのインパクトと言うとやはり同時期に発表された
ポールの『フラワーズ・イン・ザ・ダート』でしょうか?
ここではあろうことかエルヴィス・コステロにジョン役をやらせる
という反則技に出られるは、「マイ・ブレイブ・フェイス」
「ディス・ワン」が極上ポップだわで、すっかり参っていた
ところで、程なくして忘れもしないあの来日公演があったわけで、
僕はこれをきっかけにポールに傾倒していく事に
なるのでどうしてもジョージへの想いとなると少し薄らいでしまう
所はあるのです。

90年初頭にポールが来日してから約2年、遂にジョージも来日を
果たします。しかもエリック・クラプトンとですよ。
僕は正直言うと、半分はクラプトン見たさというある意味
不純な動機でこの来日公演に向かいます。
高校生になって、僕もいよいよギター少年になりつつ
あった頃でした。それが後にとても貴重な公演になろうとは・・・。

長くなったので続きはまた次回に。


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